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更新日:2012年6月20日
むかし、洪水〈こうずい〉があって、佐用川一面にあふれる水がとうとうと流れていました。
そのとき、川上から大きな壺〈つぼ〉が流れてきて川の岸に止まりました。里人たちが寄り集ってきて、おそるおそるふたをあけてみると、中から五、六才の男の子が出てきました。人びとは驚きながらもつれ帰って、「流れ子」と名づけてかわいがって育てました。
流れ子は成長するにつれ大へん賢く〈かしこく〉、まい日かいがいしく働きました。とくに、自分が乗ってきた壺で酒を作りました。とてもよい酒でした。誰でもその酒を一口のめば、百病がたちどころになおったといいます。おかげで家は富み村も栄えました。みな、壺の徳であるということで、村の名を大坪と呼ぶことになりました。
ある年の水無月〈みなづき〉(六月)のころ、どこからともなく、柿色〈かきいろ〉のかたびら(麻のひとえ)を着た老人が流れ子の家にやってきました。流れ子は元から親しく知っていた人のように、あの大きな壺を家のまん中に置き、酒を飲み、歌い舞い、にぎやかに一日を過ごしました。ところが、その日の夕暮になってにわかに空がくもり、はげしい風雨に雷さえなりひびき、山はくずれ、村中荒れ狂いました。
流れ子の家は天に舞い上ったのか、地中に埋没〈まいぼつ〉したのか跡かた〈あとかた〉もなくなっていました。
今では流れ子の家も壺もなく、大坪という名だけが残っています。大坪の人びとは、その後柿色のかたびらをきらうようになりました。
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