• お問い合わせ
  • 文字サイズ・色合いの変更
  • サイトマップ
  • 携帯サイト

メニュー

ホーム > 学校・授業の教材 > 郷土の民話 > 『郷土の民話』西播編 > きつねにとり殺された鎌倉武士〈かまくらぶし〉(揖西町)

ここから本文です。

更新日:2012年6月20日

きつねにとり殺された鎌倉武士〈かまくらぶし〉(揖西町)

「ああ、もう夜が明けるか―。」
草のしとねから、けだるそうに身を起こした海老名弾正〈えびなだんじょう〉は、はきすてるようにそうつぶやくと、今までの悪夢を、ふりはらうかのように、立ちあがりました。
弾正の見た悪夢というのは―こうです。

もう数年も前のことですが、そのころ、弾正は得意の絶頂にありました。源頼朝〈みなもとよりとも〉が、鎌倉武士の士気を高めるために、富士の裾野〈すその〉で大巻狩〈まきがり〉をもよおしたときのことです。
血気にはやる弾正は、「われこそ第一番の獲物を。」
と、じまんの弓をたずさえ、愛馬に鞭〈むち〉うって、かなたにかけ、こなたをめぐりました。しかし、いっこうに良い獲物に出会いません。あちこちで、獲物を射止めた歓声がどっとわきあがるごとに、弾正は、追い立てられたような気持ちになって、だんだんあせってきました。
そんなかれの前に、かっこうの獲物があらわれたのは、もう夕方近いころでした。子どもを連れたきつねです。弾正の胸はよろこびにふるえました。「のがすものか!」と、強弓〈ごうきゅう〉に矢をつがえ、ねらいを定めながら追いつめました。
そのときです。
母ぎつねは、何を思ったのかピタリと立ちどまって、かれに向かって前脚をこすりながら、しきりに頭を下げるのです。
そうです。畜生〈ちくしょう〉ながら、もうのがれられない運命をさとったのです。そして、子ぎつねのために、けんめいの命ごいをしているのです。
弾正は、あっと思ってたじろぎました。きつねの心が、一瞬、あわれに思えたからです。でも、かれは、弓をおろそうとはしませんでした。きつねへのあわれみよりも、今のかれには、功名心の方がはるかに強かったのです。
しきりに頭をさげる母ぎつねに向かって、かれの矢は、うなりを立てました。きつねは、もんどりうって倒れ、子ぎつねが鳴きながらそれにとりすがっていきました。

弾正が狂ったのは、それからでした。
前脚をこすりながら、しきりに哀願する、きつねのまぼろしに追われながら、かれの放浪の生活が始まったのです。山に伏し、草にねる、そんな毎日のくり返しに、かれの顔は、だんだん青ざめ、髪やひげがたれさがって、見る人に鬼気〈きき〉を感じさせました。
今、弾正が、夜明けにめざめたのは、播磨国桑原庄字野良〈はりまのくにくわばらしょうのら〉(龍野市揖西町新宮)で、出雲〈いずも〉に向かう一すじの山道の、峠にさしかかるところです。
日の出には、まだほど遠く、うすぐらい谷間に、霧がしらじらと流れて、背の高い野草が風に吹かれていました。
その草をかきわけて、弾正が一歩踏み出したときです。
大きなきつねが、どこからともなく怱然〈こつぜん〉とあらわれ、かれのゆく手をさえぎるかのように、どっかと立ちはだかったのです。しかも、鱗光〈りんこう〉のような二つの目が、弾正の動きにつれて、右に左にと移動し、不気味な光を放つのです。
弾正は怒りました。
「おのれ!」と叫びざま、一歩高くとびあがると、手練〈しゅれん〉の抜き打ちが、きつねのひたいを切りさきました。まっ赤な血が草にとび散り、かれのからだを染めました。
その瞬間、弾正に正気がもどったのです。
だが、倒れたはずのきつねの姿はありません。かれの腕にたしかな手ごたえを感じさせたのは、なんと、道の辺〈みちのべ〉の石仏で、しかも、その石仏のひたいに、一すじの血が流れているではありませんか。
弾正は、うめきました。
ひじょうな恐怖が、かれの背をつらぬき、一刻も早くこの場をのがれたい思いで、必死になってかけ出しました。しかし、その足どりは一町〈いっちょう〉(やく百九メートル)とも続かず、かれは、くずれるように田の中に倒れこむと、そのまま、ぴくりとも動かず、息絶えてしまったのです。
村人は、きつねにとり殺された弾正をあわれんで、かれの死んだところに、梅の木を植え、小さな石を積んで、墓としました。その梅の枝を折ると、まっ赤な血が流れ出すということで、後世の人は恐れて近よりませんでした。
弾正の墓といわれるそこは、三つの田のちょうど境目のあるところで、今は、梅の木も枯れてなく、丸い石が小石の上におかれているだけです。でも、今も、有志の方が、年に一回、おまつりをされているそうです。また、弾正がきりつけたという石仏―石に仏を線で刻んだもの―は、新宮の村はずれ現在、船積〈ふなづみ〉敢〈いさむ〉さんというおうちの庭に、大事にまつられています。

お問い合わせ

情報管理部広報係

電話番号:078-331-9962

ファクス番号:078-331-8022