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更新日:2012年10月22日

山村の鬼(稲美町)

母里〈もり〉村は今、加古郡稲美町の一部になっていますが、むかしは一面の野原が続く、さびしい村だったということです。その村に高薗〈こうおん〉寺というお寺がありますが、そのあたりはとくに山道のつづくところで、ワラぶきの貧しい民家が、ところどころあるだけでした。

ある日、お君という娘が、おばさんの家へ使いにいきました。話ずきなおばさんの話を聞いているうちに、夕方になってしまいました。
「お君、お前、とまっていけ。」
「だいじょうぶ、おら、急ぐから。」
「でものう、若い娘だでのう。このごろ、あの山道には、夜になると鬼がでるというでのおー。走るんだぞ。へんな音でもしたら、大声出して走るんだぞ。」
背たけほどもあるススキの中の道をお君は急ぎました。やがて森の中。お君が、かけだそうとしたとたん、黒いものが、ぬーとたちあがりました。
「きャー。」しかし、助けを呼ぼうとする声は、どうしても口からでてきませんでした。
お君の家では、両親が一晩中、まんじりともせず待っていましたが、お君はとうとう、その晩は、かえってきませんでした。
翌朝、お君の父親は、庭の柿の木にむすんである紙きれをみつけました。
『裏山の杉の木の下へ、米一俵〈ぴょう〉を持ってこい。お君はかえす。鬼。』
それを聞いて、心配そうに集まってきた村人たちは、お寺の和尚〈おしょう〉さんを中心に相談したすえ、大切なお米を持ちより、夕方までに、古い大杉の根もとへ運びました。

その翌朝、二晩のうちに、すっかりやつれたお君が、やっと帰ってきました。両親は泣きながら、娘を迎えました。
「お君、鬼はどこから出た。」「どんな顔だった。」村人たちは、口ぐちに問いかけました。
青ざめたお君は、ポツン、ポツンと答えました。
「血の筋〈すじ〉がはっきりみえる真赤〈まっか〉な顔だった―。髪〈かみ〉の毛が、頭の上でたっていた―。茶色の眼が今にもとびつきそうにひかっていた…おら、それから知らん。」
こんなことが、なんべんもありました。それに、にわとりはぬすまれるし、畑のいもは、たびたび荒らされました。こまりはてた村人たちはお寺に集まって相談しました。
「出そうなところにワナをしかけろ。」
「いや、落し穴をほれ。」
「ねぐらをさぐりあてて、夜、竹やりでつき殺せ。」
いろいろと意見は出ましたが、まとまりませんでした。だまって聞いていた和尚〈おしょう〉さんが、こういいだしました。
「春になって、寺の桜が咲きはじめると、人びとは野良〈のら〉の仕事を休んで、お寺に集まってくる。つまり、美しいものに心がひかれるのじゃ。また、美しい女の人のおどりをみると、人の心まで、やわらぐというもんじゃでのお。わしは思うのじゃが、鬼は決して、みなの衆〈しゅう〉がおそれているような怪物〈かいぶつ〉ではないと思う。ただの人間だと思うのじゃ。家も家族もなく、一人だけで、山に迷いこんだひねくれものにちがいない。そこで一つ、誰か村の若者が、鬼の面をかぶって、美しい娘さんの着物を着て、月のよい晩、この寺の境内〈けいだい〉で、おどってみるのじゃ。―すると、いくら悪い鬼めでも、少しは人間の心をとりもどして、おとなしくなるかもしれぬ。いや、きっとそうなる。そして、悪いことをしないようになると、わしは思うのじゃが。」
そこで、五郎という若者がえらばれ、お寺でおどることになりました。月のよい晩、村人全員が、お寺の境内に集まりました。村人たちは、手に手に、たいまつを持ち、笛を吹き、たいこをたたき、そして、ホラ貝を吹きならしました。美しい着物に身を包んだ五郎は、お寺の本堂の回〈まわ〉り廊下〈ろうか〉を、笛の音にあわせ、たいこのひびきにのって踊〈おど〉りつづけたということです。村の老人の吹くホラ貝は、一晩中、哀調〈あいちょう〉をおびて、月の野にひびいていきました。

この事があってから、あの恐ろしい鬼は、ぷっつりと、でなくなったということです。何年もたった冬の二月、あるお百姓さんが、山の中の茂ったホラ穴の中で、すっかり骨になっている大男の死がいをみつけだしました。それを村の人たちは、ていねいに、ほうむってやったということです。
その後ずっと今まで、二月十日がくると、このお寺の境内で、村の若者二人が、赤と青の鬼になって踊り、鬼の魂をとむらってやるということです。

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