ホーム > 学校・授業の教材 > 郷土の民話 > 『郷土の民話』東播編 > 猪〈いのしし〉の救〈すく〉い(加古川市八幡町宗佐)
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更新日:2013年2月11日
奈良に都があったころのことです。
第四十八代称徳〈しょうとく〉天皇は道鏡〈どうきょう〉という坊さんをたいそう信任〈しんにん〉され、高い位〈くらい〉につけられました。すると、道鏡にへつらうものがあって、
「道鏡を天皇にすると、世の中がもっとよくおさまりましょう。宇佐八幡〈うさはちまん〉のお告〈つ〉げです。」
と申しあげました。天皇は、和気清麿〈わけのきよまろ〉を召し、神の真意〈しんい〉をうかがわせるため、九州の宇佐までおつかわしになりました。道鏡は、清麿を味方につけようといろいろの手を講〈こう〉じてさそいました。しかし、清麿は応ぜずに出発しました。
日かずをかさねて、加古川市八幡町厄神〈やくじん〉まできたときのことです。道鏡のさしむけた大ぜいの悪者が急にあらわれ、清麿を斬り殺そうとしました。すると、ふしぎにも、にわかに空がまっ黒になり、目もくらむばかりの稲光〈いなびかり〉がしたかと思うと、われるような大きな雷鳴〈らいめい〉がとどろきました。そこへ、どこからか一匹の猪〈いのしし〉があらわれ、きばをむいて悪者へ突っかかりました。
清麿は、このすきに、危く災難をのがれました。
(『八幡神社社記』)
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