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更新日:2012年6月1日
長井〈ながい〉村は、東条〈とうじょう〉川を下にのぞむ台地の上にひろがっています。はるかむかしのこと、この村は川ぞいにありながら、いつも水不足になやまされていました。田の水といえば、天から降ってくる雨水しかなかったのです。池をほるにも村のうちにてきとうな場所はなく、八月になって田植ができないこともたびたびでした。
村びとたちは、何とかよい思案〈しあん〉はないものかと相談しました。その結果、すぐかみにある黒石〈くろいし〉村にたのんで、水をわけてもらうことにしました。黒石村は山ふところ深くひろがった村で、天然のわき水は豊かだし、ため池もたくさんありました。さっそく申しいれたところ、黒石村の人たちはこころよく承知してくれました。ところが、長井村まで水をひくためには山がじゃまをしています。村びとたちは、またまた困ってしまいました。さんざん頭をひねったあげく、山すそに長いトンネルをほることにきめました。
そのつぎの日から、一軒あたり一人ずつのわりあてで、トンネルほりにかかりました。年よりも若者も力をあわせて…。くわしい測量〈そくりょう〉の方法もしらないし、道具といえばツルハシとクワぐらいなものです。とにかく、村の生き死にに関することですから、だいたいのけんとうをつけて、みな一生けんめいでした。かたい岩につきあたれば、ツチとミノにかえてほりすすみました。
人びとの努力はやがて実〈み〉をむすび、あれほどのむずかしい工事もやっと完成にちかづきました。あと約九メートル。ところが、思いがけないことがおこりました。人びとの気のゆるみもあったのでしょうか。くりぬかれた岩穴の天井の一部が、とつぜんくずれ落ちはじめたのです。仕事をしていた人たちは、いそいで外へとび出しました。しかし、にげおくれた者が一人いました。村はずれに、まずしくひっそりと暮らしている老夫婦のひとりむすこで十三、四才の少年でした。人びとも同情はしましたが、トンネルのできあがったよろこびで、いつのまにか、かなしいぎせい者のことは忘れていました。
村中のこうふんのかげで、形だけのおそう式をすませた老夫婦は、だれもしらないうちに村をはなれてしまいました。四国へんろにでも行ったのでしょうか。それと前後して、トンネルちかくの道ばたに、まあたらしい地蔵〈じぞう〉さまがポツンとたてられていました。とおりすがりの人たちが、あるいは草花の一枝でもたむけてくれるかもしれないという、老夫婦のかなしい親ごころだったのでしょう。
そのトンネルも、いまは忘れられてあれるにまかせていますが、ふるびた地蔵さまの前には、だれが供えるのでしょうか、季節の花がたまにさしてあります。
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