• お問い合わせ
  • 文字サイズ・色合いの変更
  • サイトマップ
  • 携帯サイト

メニュー

ここから本文です。

更新日:2012年6月1日

正午の鐘(高砂市荒井町)

むかし、荒井村に叶屋忽大夫〈かのうやそうだゆう〉という人がいました。夫婦の間に長らく子供が生まれませんでしたので、朝夕〈あさゆう〉荒井大明神〈だいみょうじん〉にお参りしていますうち、念願〈ねんがん〉かなって女の子を授かり〈さずかり〉ました。それがまた、生まれながらに目鼻立ち〈めはなだち〉の整った〈ととのった〉実に可愛らしい子で、末はどのように美しく成人することかと、夫婦は楽しみにして大事に育てていました。

月日が流れるにつれて女の子の美しさはいっそう輝きをまし、「叶屋〈かのうや〉のお嬢さんは、物語に聞くかぐや姫にも劣らぬ〈おとらぬ〉美しさじゃ。」と村人たちが噂〈うわさ〉するほどでした。
ところがどうしたわけか、その女の子はいつまでたっても一言も口をきかないのです。いや、口どころか耳さえも聞えないようすです。両親は気が気ではありません。きようはものを言うだろうか、あすになれば物音を聞き分けるだろうかと、一日一日と希望をつないでいましたが、どうやら生まれつきであるらしく、事態〈じたい〉はいっこうによくなりません。
しかし知能の方は極めて〈きわめて〉利発〈りはつ〉で、耳や口は不自由でも見よう見まねで何事もてきぱきとやってのけ、同じ年ごろの他の子供たちにくらべても少しも劣るところはありません。
容姿〈ようし〉は人並みすぐれて美しく、また才能も豊かであるのを見るにつけ、聾啞〈ろうあ〉の身がいっそう哀れで、両親は遠近を問わず名医を求めて奔走〈ほんそう〉しましたが、医療〈いりょう〉の道は見つかりませんでした。


「そうじゃ。この子は荒井大明神の授かり子じゃから、荒井大明神のご加護〈かご〉を頼るほかあるまい。」
忽大夫〈そうだゆう〉は三七日の願〈がん〉をかけて荒井大明神に参籠〈さんろう〉することになりました。
二十一日の間、精進潔斎〈しょうじんけっさい〉して一心不乱〈ふらん〉に祈願〈きがん〉を続けましたところ、ちょうど満願〈まんがん〉の夜に、「なんじの悲願を聞きとどけてつかわすぞ。」と、夢うつつのうちにありがたいご託宣〈たくせん〉を受けました。
半信半疑〈はんしんはんぎ〉のまま家に帰って来ますと、娘が門口まで迎えに出ていて、「おとうさま。わたしのために長い間いろいろとお心をわずらわせましたが、おかげさまで、このように耳も聞え口もきけるようになりました。ほんとうにありがとうございました。」とりっぱなあいさつをしましたので、忽大夫は驚き喜ぶと同時に霊験〈れいげん〉あらたかなご神徳〈しんとく〉に感謝しました。

そこでこのご神徳〈しんとく〉を長く後の世に語り継ぐために、黄金を吹いた青銅〈せいどう〉の鐘を鋳て〈いて〉銘〈めい〉を刻み、荒井大明神の社前に鐘楼〈しょうろう〉を建立〈こんりゅう〉して奉納〈ほうのう〉しました。黄金を鋳込んだ〈いこんだ〉鐘の妙〈たえ〉なる音調〈おんちょう〉は長く余韻〈よいん〉を引いて遠方の村村にまで響き渡りました。その後この鐘〈かね〉は正午の刻〈こく〉にだけつくことに決められました。

ところで、むかしの荒井村は、東・北・西の三方が印南野〈いなみの〉の一角をなす農作地帯で、南端は播磨灘〈はりまなだ〉にのぞむ遠浅〈とおあさ〉の海浜〈かいひん〉続きの展望の開けた砂浜一帯に塩田〈えんでん〉が広がっていました。田畑で働く村人たちや製塩にいそしむ人びとは、毎日鎮守〈ちんじゅ〉の森から流れてくる鐘の響きに耳を傾け〈かたむけ〉ながら、昼の時刻になったことを知ると同時に、ご神恩〈しんおん〉の尊さを末長く語りあったということです。

お問い合わせ

情報管理部広報係

電話番号:078-331-9962

ファクス番号:078-331-8022