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ホーム > 学校・授業の教材 > 郷土の民話 > 『郷土の民話』神戸編 > 新兵衛石〈しんべえいし〉(兵庫区山田町福地)

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更新日:2013年1月21日

新兵衛石〈しんべえいし〉(兵庫区山田町福地)

「お殿さま、お願いでございます。お聞きとどけくださいませ。」
年のころ十四、五才の少年が、領地見まわりの中の土井大炊頭〈どいおおいのかみ〉の駕〈かご〉のそばへ走りよって訴〈うった〉えました。
「無礼者〈ぶれいもの〉め。」
一喝〈いっかつ〉されて、少年は引っ捕えられました。そして、そのまま土井大炊頭の宿へつれていかれました。

この事件は、江戸時代のはじめ、四代将軍家綱〈いえつな〉のころの話で、丹生山田〈にうやまだ〉の福地〈ふくじ〉村で起ったことです。そのころ、殿さまに百姓が直接に訴〈うった〉えることは、決してしてはならないことでした。もし、すれば死刑となるのでした。土井大炊頭の宿は有馬でした。この宿で少年を取り調べました。土井大炊頭は、あどけない少年の顔をみて、いちおう事情を聞こうと思いました。

「これ、子ども、きょうはなぜあのような無礼なことをしたのか。理由を聞いてやるから、つつみかくさず申せ。」
殿さまのやさしいことばに少年は、思い切って話し出しました。
「お殿さま、お願いでございます。私たちの村は、たび重〈かさ〉なる不作で、とうてい重い年貢〈ねんぐ〉を納めることができません。なんども、このことを村役人をとおしてお願い申しましたが、お聞きとどけがございません。これ以上、年貢をお取立てになれば、私たち村びとは、村を捨てるか、餓死〈うえじに〉するほかございません。毎夜毎夜、おとなたちが、ひたいをよせあって相談して悩〈なや〉んでいる姿をみるにつけて、私はいたたまれなくなって、このような無礼な振舞〈ふるま〉いをいたしました。私の科〈とが〉はどんなになりましてもかまいませんが、どうか村びとの難儀〈なんぎ〉だけはお救いください。」
と、涙ながらにせつせつと訴えました。少年のこの覚悟〈かくご〉を決めた訴えに、土井大炊頭も深くうたれました。そこで、この申し出を聞き入れることにしました。その上、この少年の罪も問わないことにし村の年貢も軽減〈けいげん〉され、それからは、村が裕福〈ゆうふく〉になったということです。この少年の名は、村上新兵衛といいます。村びとは新兵衛の勇気をたたえ、ちょうど新兵衛が訴え出たところにあった石を記念として、村の一角〈いっかく〉に残しました。これが、いまも福地村に残る「新兵衛石」であります。

(故上西義雄氏―明治二六年生談)

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