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更新日:2012年6月1日

油屋のねこ(兵庫区)

江戸〈えど〉からあらたまって、明治〈めいじ〉となったころの話です。

いまの兵庫区西出町〈にしでまち〉のあたりに、日向屋〈ひゅうがや〉という油問屋〈あぶらどいや〉がありました。この日向屋には、奉公人が十人あまりもおりましたが、いつのころからか、飯〈めし〉たきのおばあさんが、どこからかもらってきてかわいがっている猫〈ねこ〉が一ぴきおりました。顔の半分が左目にかけて黒かったので、みんなはクロとよんでいました。

 

もともと猫は油がすきなものですが、油問屋に住みついていても、クロは油をなめるようなことはしませんでした。ただ、かわったことといえば、家の人たちのはきものを、げたでもぞうりでも、それが誰のものであるかをいちいちよく覚えていました。それで、うっかり他人のはきものをはいて出かけようとすると、すぐにとんできてそのはなおにかじりついて放しません。はっと気がついて自分のとはきかえるまで、じっと見ているのでした。

ある晩から、主人や奉公人の手ぬぐいがなくなるようになりました。二、三日目ぐらいに一つ、消えてしまうのです。

「おまえら、うちの手ぬぐい知らんか。」
「うちの手ぬぐいも、あれへんようになってしもた。」
「おまえ、かくしたんとちがうか。」
「なにいうとんねん。」

おたがいに、だれかがかくすのだろうと、うたぐりあって気をつけていましたが、そんないたずらをするものがあるようにも見えませんでした。


それからしばらくたって、ある月の暗い夜のことでした。番頭〈ばんとう〉の与兵衛〈よへえ〉が夜遊びに出かけたその帰り道のことです。おそく寝しずまった町を家の近くまでくると、とある家のせまい横手の路地〈ろじ〉から、クロが手ぬぐいを口にくわえて出てくるではありませんか。与兵衛は、おやっと思ってすぐはだしになり、げたを手にもって、足音をたてないように見えかくれにクロのあとをつけたのでした。

クロは家並みの軒下〈のきした〉ばかりをつたって、南の方へあるいていきます。二つほど横路地のかどを東へまがっていきます。与兵衛はつま先で歩いて、さとられないように二百メートルほどクロのあとを追いかけました。

やがて、東出町〈ひがしでまち〉の湊川〈みなとがわ〉の西堤防〈ていぼう〉に近い松尾稲荷〈まつおいなり〉社の西に、淡路屋〈あわじや〉という乾物屋〈かんぶつや〉の隠居〈いんきょ〉の住んでいた家が、一軒あき家のまま残っているところまできました。その家はあまり大きくはありませんでしたが、黒板塀〈くろいたべい〉に囲まれていて庭には植込みもありました。

そこまでくると、クロは板塀をかきあがって、うちらへとびこみました。

 

「おや、おや。」

与兵衛は、クロがかきあがったところまできて、板塀を見上げました。ふと見ると、板塀にはふしあながあるではありませんか。与兵衛は、そっとのぞいてみました。

クロは手ぬぐいをそばにおいて、乱れた草の上でころんだり、すわったりして、楽しそうにふざけていました。しばらくして、クロは手ぬぐいを頭にかぶり、あと足で立って踊りはじめました。

与兵衛はあっけにとられて、なおも息をころして見ていますと、クロは手ぬぐいをくわえて、かたわらの細長い松にのぼって、手ぬぐいを枝にかけると、枝から板塀にとびつき、外へ出てもとの道を家へと帰っていきました。


あくる朝はやく、与兵衛がその家の庭を見にいくと、あたりの木の枝に、自分の家でなくなった手ぬぐいやぬか袋までが、たくさんぶらさがっているのを見つけました。驚いた与兵衛は、家に帰ってみんなにゆうべからのありさまを話して聞かせました。

はじめは、みんな信用しませんでしたが、やがて、

「化け〈ばけ〉猫やで、クロは。」
「何か、たたりがあるのとちがうか。」
「ああ気持ち悪る〈わる〉。」
「はよ、すててしまい。」

とうとうクロは、化け猫ということになってしまい、遠くへすてることにしました。そして、遠くへ油を運ぶときに、荷車〈にぐるま〉に結びつけて人里はなれた野原へすててしまいました。すてにいった人が家に帰ってみると、クロのほうが先に帰っていました。

「もっと遠くですてたろ。」

こんどは、油を積んで淡路島をいく船の便〈びん〉があったので、店のものがクロをつれて船に乗り、淡路島からの帰りぎわに、船から陸へほうりなげました。海を越えた島ならと思ったのです。家へ帰った店のものが、その話をしようと思って座敷〈ざしき〉へあがろうとすると、クロは座敷のすみにすわって、爪先〈つまさき〉をなめているではありませんか。すてにいった店のものはあっけにとられて、何もいえませんでした。

「むりにすてたら、きっと何かたたりがあるで。」
「そんなら、そのままにしとこか。」
ということになって、以前と同じように油問屋でくらしていました。


そのうちに、飯たきのおばあさんは、だんだん年をとって働けなくなってしまいました。そこで主人は、油問屋の借家〈しゃくや〉の長屋の一軒に住まわせることにしました。それから、クロはおばあさんの家にばかりおるようになりました。

ときおり、おばあさんの枕〈まくら〉もとで、夜なかにクロがなくので目をさますと、どこからもってくるのか、銭〈ぜに〉のはいった財布〈さいふ〉がおいてあります。日向屋へ問いあわせても、店のものではないといいますし、近所でも財布がなくなったという話はありませんでした。

半年ほどして、おばあさんは死んでしまいました。みんなでおばあさんのお葬式〈そうしき〉をしたその晩からクロの姿は見えなくなりました。クロがどうなったかは誰も知りません。

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