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更新日:2012年6月1日

布引滝の乙姫(葺合区)

大むかし、この国は、国のどこへいってもいたるところ、見わたすかぎり葦〈あし〉の葉が生え〈はえ〉茂っていたので豊葦原国〈とよあしはらのくに〉といわれていました。そのころには、このふきんには、人はほとんど住んでいませんでしたが、とある一つの美しい滝のほとりの岩かげにある小さな一軒家に、ひとりの翁〈おきな〉とひとりの美しい娘との親子が住んでいました。娘は顔かたちが美しいばかりでなく、心のやさしい親孝行な人でした。翁もまたこのひとり娘を心からかわいがって、ぜひともりっぱな娘に育てたいものと考えておりました。娘は、すなおな性質で父親のいうことをよく聞きました。娘は父親のことばにしたがって、毎日のように家の近くの滝つぼに入り、どうどうと音をたてて流れ落ちる滝の水に打たれて身を清め、一心不乱〈ふらん〉に修業しておりました。

この娘の修業のようすが神様につうじたのか、ふしぎなことがおこってきました。まず、娘は気がついてみると、自分が何時間でも水の中にもぐっていることができるのです。水の中を、あちらこちらと歩いたり泳ぎまわったりしても自由に呼吸ができるのです。いや、呼吸していなくても苦しくないのです。また娘は気がついてみると、自分が鳥のように空中に舞いあがることができるようになっているのです。しかも、ほんとうの鳥のようにす早く大空をとんでいけるのです。何百里〈り〉(一里は約四キロメートル)も離れている山や谷や川を、あっという間に飛び越えて、いききすることができるようになったのです。

それまで、美しい姿かたちをしていた娘のからだは、竜神〈りゅうじん〉の姿となって、大空や大海を自由に飛びまわったり泳ぎまわったりすることができるようになったのです。
竜神の姿になった娘は、大空を飛んだり、大海にもぐって泳ぎながら、人びとを苦しめていた悪魔〈あくま〉や妖怪〈ようかい〉や化物〈ばけもの〉を退治したりこらしめたりしましたので、人びとはたいへん助かり、この竜神に感謝〈かんしゃ〉して、大竜王〈だいりゅうおう〉さまといってあがめるようになりました。

大竜王は、おそろしい竜神の姿をして悪者をこらしめるだけでなく、ときにはやさしい女神〈めがみ〉の姿になって、たくさんの船の航海〈こうかい〉の安全を守り、船頭〈せんどう〉を助けましたので、船乗りたちからは、海の女王さまといって尊敬されるようにもなりました。竜神が人びとの苦しみをすくい、困っている人を助けたのは海や空でばかりではありません。陸地でもおおくの人びとを助けて、その家の仕事をおおいに繁盛〈はんじょう〉させたので、人びとはまた竜神のことを弁財天〈べんざいてん〉さまといってうやまうようにもなりました。

そしてこの娘の化身〈けしん〉は、後の世になって竜神さまとか弁財天さまと呼ばれるおおくの神さまの大先祖様となったのです。その後、国中には人びとの生活のじゃまをする者もいなくなり、樹木も生え穀物〈こくもつ〉も豊かに実るようになってきたので、この国のことを豊葦原瑞穂国〈とよあしはらみずほのくに〉とよぶようになり、人びとも、ますますおおく住むようになりました。

そのむかし、翁と娘とが静かに暮らしていた一軒家のそばのこの滝は、今や竜神さまとか弁財天さまとして尊敬されている大竜王さまが、最初に修業された故郷〈ふるさと〉なのです。後の人びとはこの滝を見て、大竜王さまは、この滝にある大壷穴〈つぼあな〉を住居としていられるにちがいない、と信じるようになりました。

そこで人びとは、この大壷穴のことを竜宮と名づけるようになりました。この竜王さまは、いつもはこの滝の中の竜宮から出て日本全国を飛びまわり、悪い者をこらしめたり困っている人を助けたりしていますが、一年に一回は、かならずこの竜宮に帰ってこられるのだと信じていました。

しかもその時には、この滝で修業していた娘時代と同じように、乙姫〈おとひめ〉の姿をして帰ってこられるので、人びとは竜王のことを“竜宮の乙姫”ともよびました。またこの滝の水が、岩と岩との間を白いしぶきをあげながら流れ落ちている姿が、ちょうど、乙姫の着る白布の羽衣〈はごろも〉を岩の間に引き懸け〈かけ〉ているのににているところから、この滝は「布引滝」と呼ばれるようになったということです。

『葺合懐古三千年史』

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