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ホーム > 学校・授業の教材 > 郷土の民話 > 『郷土の民話』神戸編 > 牛馬をいたわる話(須磨区一の谷町)

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更新日:2012年10月15日

牛馬をいたわる話(須磨区一の谷町)

「ずっとむかし、須磨の村人はなあ、三月になったら山へ牛をはなしがいにしたそうや。とお(十才)から十五の子が牛一匹ずつひいて、東のノッタリ山、西のゼンゴ山と別れて登ってった。このふたつの山は、草がおおうて、ヤセ牛がえらい(たいへん)太って帰ってくるんや。日本人いうのんはご先祖〈せんぞ〉さん大事にするだけやのおて、牛や馬もたいせつにしたもんやそうな。須磨ではなあ、年とって動けんようになった牛や馬や、けがした牛や馬を、村の共有地のはらっぱにはなして養〈やし〉のおたそおや。今の須磨浦公園の北の方やと。牛も馬も人間のために、血の汗ながして働いたんやから、弱ったやつは助けたらんならん、いうてな。お上にも、そのことを願い出て許されたので、番人をおいてなァ。寿命〈じゅみょう〉がきて静かに死んでいくまで、めんどお見たるんや。

それでも、エサがようけ(たくさん)いるのでな、世間の人から寄付〈きふ〉してもらうんや。いろんな人から豆やぬかがめぐまれたけど、それでも足らん。それで世話人〈せわにん〉らが考えて、広告を刷〈す〉ったんや。年よった牛馬のために毎日ひとにぎりの米を寄付してやったら、家族の人がじょうぶになって、商売繁昌〈はんじょう〉する、いうてなあ。ことに、うしどし生まれの人と、うまどしの人は、寄付したら一生、病気にならへん、いわれたもんや。それでも病気がおもなったり年をとって死んでしもた牛や馬には、ぼんさん(僧侶)よんで、お経あげてやるし、春と秋には、りっぱなおひがんの供養〈くよう〉もしてやったそうな。」

(『西摂大観』)

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