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更新日:2012年9月17日

ばかむこはん(垂水区)

ばかむこはんの話をしようかい。ばかむこはんがおってのう。いや、はじめから、ばかむこはんではなかった。よめをもらったときから、むこさんになった。そいで、ばかむこはんという。

ばかむこはんは、よめの里へいった。初めての里入りやった。初めて、むこどのが来るっちゅうんで、よめの里では、朝からもう、ごちそうのこしらえや、むこどのに持たせてかえすみやげの準備やらで、戦争のようないそがしさであった。
よめの里には、よめの兄が、その家のあとつぎをしていた。兄夫婦にも、幼い子どもが二人いた。
よめの里には、よめの両親〈りょうおや〉もいたが、むこどのがくるというもんで、ゆんべから孫のことなどほったらかしで、ただもう、うきうき、おろおろしているばかりであった。

ばかむこはんは、朝からごちそうぜめで、もう満腹やった。満ちたりてみると、そぞろ、まちに残してきたかわいい嫁がこいしくてならぬ。今はもう、一ときでも早く帰って、ぶじな嫁の姿を見たいもんだと考えておった。
里のふた親はひきとめても、むだだと知ると、むこどのに、おいしいあんもちを持たせてやろうと考えた。そこでよめの里では、もちをつき始めた。

ばかむこどのは、もう気が気でない。何を作ってくれるかは知らぬが、家の者が集ってひそひそ相談したり、あやしげな音がきこえたりするのが、何だか気味わるく思われてきた。
そのうち、この家の孫たちが、もちつきのそばにきて、もちをつかむやら、うすをいらうやらで、邪魔〈じゃま〉になって仕方がない。
「これこれ、これはオトチ(おばけ)だから、さわってはいかん。あっちへいきな。」
ばかむこはんは、これを聞いて考えこんでしまった。
先ほどから、妙にひそひそ声がした。へんな音もした。何をみやげにくれるのかと思っていたら、やっぱりあれは「オトチ」ではないか。
たいへんなことになってしもうた、とばかむこはんは思案〈しあん〉にくれた。

もちがつきあがり、やがて、ばかむこはんが帰るだんになると、ばかむこはんはいうた。
「へんなことをいうてすまんが、青竹の長いのを一本おくれんか。」
ばかむこはんの声は、すこし上ずっておった。
「おやすいこと、何につかうか知らんが、いますぐ切ってくるで。」
裏には竹やぶがあった。家の者は、さっそく青竹のすぐい、長いのをえらんで切ってきた。
「ちいとすまんが、その先にオトチとやらをくくりつけてもらえんか。」
ばかむこはんは、里の親からもらった大きな風呂敷包みを、この長い竹ざおの、いちばんてっぺんにぎゅとしばりつけてもろうた。すると、すこしは心がかるくなった。

山里の日は、落ちるのが早い。
里の人びとにわかれをつげると、あたりはもう夕やみであった。
ばかむこはんは、生きた心地もない。今竹ざおの先には、こわい「オトチ」がいる。かたくしばってはいるものの、いつ、さおをつたっておりて来、わしの首すじにかぶりつくかも知れぬ。そう思うだけで冷汗がにじんできた。
こわい、こわいという思いが先だって、包みの重さはいっこうに苦にならぬ。いまはもう、いっときも早く嫁に会って、「オトチ」を退治してもらうしか、みちがないと心に決めていた。

山道は、いたるところで、小さな流れが道を横切っている。長い竹ざおの、根もとの方を、おそるおそるかつぎあげているばかむこはんに、この小さな流れは針の山のように思われた。
やっと山道も終わろうとするころ、ばかむこはん、心がゆるんでいたのか、流れをひょいととびこした。とびこしたひょうしに、包みがするするとさおをつたって、ばかむこはんの首すじへ。
ちょうど、重箱のふたがねじれて、中からはみ出したあんもちが、ばかむこはんの首すじにぺたっとくっついた。
「たすけてくれーっ。」
オトチにくいつかれたばかむこはん、包みを投げ出すと、手に持った竹ざおで、めったやたらにつきまわして、そのまま、いちもくさんに逃げ帰った。
翌朝、よめがオトチに会いにいってみると、重箱も、なかのあんもちも、どろまみれになって、おまけに、重ねた箱のあいだから、あんもちがにゅっと舌を出していたということやった。

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