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ホーム > 学校・授業の教材 > 郷土の民話 > 『郷土の民話』但馬編 > 千匹狼〈おおかみ〉(温泉町鐘尾)

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更新日:2012年12月3日

千匹狼〈おおかみ〉(温泉町鐘尾)

昔、むかし、
ある夏の日の日ざかり、鐘尾の仁王山の山畑で粟の草取りをしていた三十過ぎの百姓は、ふと何か変な音を聞いたように思いました。
「空耳かな?。」
と立ち上って、じっと耳を澄すと、それは人とも獣〈けだもの〉ともはっきりしないもののうめき声のようです。
ぐるっとあたりをみまわすと、つい五~六十メートル先に一むらの灌木があります。
「誰かこの暑さで苦しくなり、あの日蔭〈かげ〉に寝ているのかも知れない。」
そう思って、急いでその小生叢〈やぶ〉に近づきました。みると誰か寝ているようです。小走りに馳〈か〉けよった男はぎくりとして棒立ちになりました。
「ウッ狼だ!」
一瞬、男の血は凍りついてしまいました。そこには小牛ほどもある大きな狼が両耳をピンと立て、大きな口をあけて男をにらみつけています。
男は今、たった一つの武器である腰にさしてある鎌〈かま〉に手をまわすこともわすれて、狼をじっと見守っていました。
しかし、狼はすぐがくりと頭を両方の前足の間に落してしまいました。呼吸はいかにも苦しそうです。
「どうも、死に生きの大患〈わずらい〉をしているらしい。この様子〈ようす〉ならとても襲いかかってくるようなこともなかろう。」
そうみてとった男は好奇心〈こうきしん〉にかられて、そろそろと近づいて行きました。
狼は一度頭をあげて男を見ましたが、また伸した前足の間に頭を落してしまいました。
じりっ、じりっと傍〈そば〉によってみると、力なくあけた口から白い一本の人の骨がはみだしています。さっき何か口のあたりに白いものを見たと思ったのは、これだったのです。同時にこの狼の苦しんでいる原因もさとったのです。

狼におそわれて命を失った悲しい犠牲者や、死肉をあさって喰い荒した惨酷〈ざんこく〉な話はかずかぎりがなく、この地方で最もおそれ、いみきらわれ、また、一番警戒しなければならない悪獣〈あくじゅう〉であることを知っている男も、今、自分の目の前で生死の間をさまよっている姿をみるとそぞろに哀〈あわ〉れに思われてきました。
男は静かに、低い声で狼に話しかけました。
「どうだ、汝〈われ〉が俺〈うら〉にくいつかんならその骨をとってやるぞ、いま俺がその骨をとってやらなんだら、汝は死んでしまうだゾ。」
狼はそれがわかったのでしょう。弱々しく頭をあげると、せい一杯に口を開きました。
男は手ごろな葛〈くず〉の蔓〈つる〉をその骨にまきつけてしばり、
「ヤッ」
と力まかせに引っぱりました。
「ウォーッ」
するどい叫び声とともに、狼は身を躍〈おど〉らせて男の足もとをかすめ、坂をころがる丸い石よりも早くみるみる男の視界から消えてしまいました。それはあのいたいたしく、おとろえ切っていた、あの狼のどこにそのような力がひそんでいたかと思えるくらい一瞬〈しゅん〉の出来ごとでした。
言葉さえも忘れて茫然〈ぼうぜん〉とつったっていた男は、手にぶら下っている骨を一寸〈ちょっと〉みましたが、ポンと地面に投げすてると、張〈は〉りついたような複雑〈ふくざつ〉な表情〈ひょうじょう〉のまま、ゆっくり元〈もと〉の所へひき返しました。

或る日、ほの闇〈くら〉い道を家に帰ってみると旅の若い女が入口に立っています。そして「一晩泊めて欲しい。」というのでことわりましたが結局宿をすることになり、それが縁でその女はその人の妻になりました。
この夫婦〈ふうふ〉に平和な幾年かが過ぎて、子供も産れ、家も次第に豊かになりました。男の方はもともととても働きものでしたが、妻もまた人も驚くほどの働きもので、夜中にまで田の草とりをしたり、畑打ちなどすることもたびたびでした。
子供をうんでも、もうその翌日は平気で外に出て働くので、村の人も不思議な女だと噂をしていました。
ただ夜寝ていると「カリッカリッ」と骨のように堅い物をかみくだく音がするので夫〈おっと〉が不思議〈ふしぎ〉に思って尋ねると大根をかじっているなどと答えることが何度かありました。因幡〈いなば〉国(今の鳥取県)法美郡国ヶ峯という山に籠〈こも〉っている長谷〈ながたに〉(村の名)の阿難〈あなん〉という修験者(山伏)があり、今の奈良県の山伏の道場で有名な大峯山から、受戒〈じゅかい〉(修行をすること)を終って故郷へ帰っていました。
当時の山伏は旅中決して人の家には泊らなかったといいますが、明日はいよいよ故郷の長谷村に帰れると道を急いでいるうち、国境〈くにざか〉いの蒲生峠の頂上に着いたころ、初冬の日は暮れ切ってしまいました。
もうここで夜を明すよりしかたないと考え、薪〈まき〉を拾い集めて火をたき、大きな木にもたれていたところ、昼間のつかれで眠りこんでしまいました。
どのくらいの時間がたったのでしょう。夜のしづまをやぶる異常な足音を聞いて眠から一時に覚〈さ〉めました。たき火は燃〈も〉えつきて赤い塊がわずかに重りあっています。
「夜物〈よもの〉(夜行動物=夜活動する動物)は火を恐れる。」
山伏はあわてて残り火をかきよせ、枯木をつぎ足しました。
「ザザッザザッ」と笹〈ささ〉をふみしだき周囲〈まわり〉を巡る足音ではもうかなりの数の狼が集まっているようです。
「ウオーッ」と山伏のすぐ近くで、狼のほえる声が夜の空気をつんざきました。
すると遠く近く、あちこちでそれに答える狼の声が夜の闇を渡ってきました。
たき木は残り少くなりましたが、もう火のそばを離れることはできません。火の勢が弱くなると狼の輪は、身近く迫〈せま〉って、身を躍〈おど〉らせ目がきらりと光り、こちらの様子をうかがっています。
山伏は最後の枯木をいっきに火の上に投げかけ、火がパッと勢をもり返したとき、背にしていた木にスルスルとよじのぼりました。数十匹の狼は一気に木の根元に集りました。
山伏が樹の上から見下すと、狼の肩〈かた〉に狼がのり、次もまたその狼の肩に後足で立って、みるみるうちに彼の足元まで近づいてきます。
「危い!」
彼は上に上にとよじ登りました。もう樹は細くなって、それ以上登ることはできません。わずかの風に木はぐらりぐらりとゆれていまにも折れてしまいそうです。
下をみると狼の口は足元にとどきそうです。一番上のが大口をあけて背のびしてみますがわずかばかりとどきません。
そのうち、狼は梯子〈はしご〉をバラバラとといてしまいました。集って低い声で鳴き交〈かわ〉すのにどうやら「鐘尾のガイダ婆(くさがめ虫の方言=悪臭のある液を分泌する虫)を呼んでこい。」といっているようです。
数匹の狼が北をめがけて走り去りました。
しばらくすると、大きな狼を一匹背にのせて木の根元まで一気にかけつけました。
すぐ狼の梯子は組まれ始めました。ガイダ婆という狼が上にあがりますと十分の高さがあります。
山伏はもうのがれる術〈すべ〉はありません。彼は一心に遙〈はる〉か大峯山に鎮座〈ちんざ〉する蔵王権現〈ざおうごんげん〉に祈りました。
「南無〈なむ〉蔵王大権現、われに加護〈かご〉をたれ、この危難〈きなん〉を救〈すく〉わせ給え。」
山伏が振りならす錫杖〈しゃくじょう〉の環〈かん〉の響きは夜の闇〈やみ〉にとけて、山伏が一心にお経をとなえる声は冷い空気の中をつんざいています。しかし死はもうそこまで近づいたのです。
「若不順我呪〈にゃくふじゅんがじゅ〉悩乱説法者〈のうらんせっほうしゃ〉頭破作七分〈ずはさくしつぶん〉如阿梨樹枝〈にょありじゅし〉如殺父母罪〈にょさつふぼざい〉亦如厭油殃〈やくにょおんゆおう〉斗秤欺誰人〈としょうぎすいじん〉調達僧罪犯〈ちょうだつそうざいはん〉犯此法師者〈はんしほうししゃ〉当獲如是殃〈とうかくにょぜおう〉・・・(陀羅尼〈だらに〉経)
(もし仏法を信じている人に危害〈きがい〉を加えると、たちまち罰〈ばっ〉せられて、頭は七つに打ちくだかれるであろう・・・といった意味のお経)
その時、最後に来た狼が大口を開いて山伏の足にくいつこうとしました。振りならしていた錫杖〈しゃくじょう〉が思いがけなく下に振れて、堅い鉄の石突きは、そののどもと深くぐさりと突きささりました。
「ウオー―」
ガイダ婆のするどい悲鳴とともに狼の梯子はどうっと崩れました。
たちまちのうちに狼の群は去って、山はもとのしづけさに返りました。

夜がしらじらと明けて、恐怖〈きょうふ〉の一夜を木の上で明かした山伏は、こわばった足でやっと土の上に降り立ちました。
だが最後にきて、傷〈ふかで〉をうけて去ったあの「鐘尾のガイダ婆」という狼のことがきみょうに気にかかってなりませんでした。
みると尾根〈おね〉の笹の露がはらわれており、踏みくだかれて所々裏をみせ、点々と血が着いています。
笈〈おい〉をおうたまま、そのあとをたどって行くと尾根は北にのび、跡はつづいています。物かげから急に手背〈てお〉いのたけりたった狼の攻撃をうけるのではなかろうかと不安に神経をすりへらしながら、そろそろと歩み、谷をわたり丘をこえると急にその跡はなくなりました。
下をみるともうそこは鐘尾の村がすぐ目の下にあり、一気に山を降ると一軒の家の裏口になりました。
耳を澄ますと、内からたしかにうめき苦しむ声がし、人とも獣とも定かではありません。
表に回って案内を乞うと一人の百姓が出てきました。
「私共〈みども〉は、旅の修験者だが、どうもこの家には病人があるらしい、どうしたのか。」とたずねました。
「サァゆうべ妻が便所に行ったところ、雨石〈あまいし〉につまづいて大怪我〈けが〉をし、家中心配しているところです。」という農夫の返事です。
山伏は「ではあらたかな祈祷〈きとう〉をして進ぜよう。」とこう言いました。
すると戸一つへだてた内から、
「ウォーンウォーン、山伏と聞くと身の毛がよだつ、山伏なんぞ大きらいだ、はようおいかえせェ。」山伏のきびしい声がこれに応じた。
「何、山伏がキライとな、山伏がキライと言うような罰〈ばち〉あたりはどうれ我らがこの錫杖で一なでまじなって進ぜよう。」
と沓台〈ふみだい〉に片足をかけて錫杖をジャラ、ジャラと振り鳴らしました。
「ウォーッ」
と内より一声けたたましい叫び声がして、続いて「ドーン」と物の倒れる音がしました。
「ソレッ」
と戸を引きあけて飛びこんでみると、裏の戸を突き倒した一匹の狼が黒い塊となって、一気にかけ去り、山の中に消えていきました。

(鐘尾のガイダ婆より)

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