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更新日:2013年1月14日

寒大師(温泉町田中)

昔、つめたいみぞれが降るある冬の夕〈ゆう〉ぐれ、一人の旅のお坊さんが汚〈きたな〉い小さな家の入口に立って、一晩とめてもらいたいと頼んでいました。
そのお坊さんはひどく疲れていました。草蛙〈わらじ〉をはいた足は指先がしびれるように冷めたく、腹がへっていて、もう一歩も歩きたくないほどでしたが、どの家にたのんでみてもこのみすぼらしいお坊さんを泊めてはくれなかったのです。
「お遍路〈へんろ〉さん。寒かったことだらあなあ・・・・・・・(ことでしょう)さあさあ早うあがって火のへえり・・・(そば)にきてあたんなはれ、家〈うち〉には何もないけど、ええ火にゃあと焚〈た〉くけえようぬくもってくんなはれ・・・・・(下さい)。」
いろりの火のそばに座ったまま、お婆さんは親切にこう言ってくれました。
薪〈たきぎ〉を火についで、燃えあがった明〈あかり〉でみると狭〈せま〉い家にはがらくたが少しあるだけで、大へんまずしい暮しだとわかります。
お坊さんがやっとあたたまってくると、今までいろいろとお坊さんに話しかけていたお婆さんが急にだまって、困った顔になりました。
「よいしょ」
と声をかけて、お婆さんはふらりとぶきように立ち上りました。見ると一人住〈ずま〉いのこのお婆さんの片足は足首からなく、先は丸くすりこぎのようになっていました。足をかえるたびにからだをふらふらさせながら家のそとに出て行きました。
もう日は暮れてしまい、みぞれは夜の寒さとともに雪にかわっていて、地はほのかに白くなっていました。
先刻〈さっき〉、旅のお坊さんが泊めてくれと頼んだのを、口ぎたなくはねつけた隣の家の軒下〈のきした〉には、渡〈わた〉した竹ざおに高梁〈たかきび〉がずらりとかけ並んでいました。その下に身をかがめていたこのお婆さんは、少しの間、家の中〈なか〉の音に聞き耳をたてていました。スッと手が伸〈の〉びて高梁のたばねが一つ、つるりと前かけに包〈つつ〉みこまれました。
お婆さんはおどるように体をゆすぶりながら、自分の家にころげこみました。
しかし、雪の上には足跡と一緒にすりこぎでついたようなあとが戸口から隣の家の軒下まで、くっきりと二列につづいています。
しかし、お婆さんが家の中に入り、お坊さんがこの家の粗末な仏壇〈ぶつだん〉の前でお経〈きょう〉を読んでいる声をききながら、いろりのそばで高梁を手ごき(実を落す)しているとき、雪は音もなく降りしきって、この足あとをすっぽりとうずめつくしてしまいました。
この旅僧は弘法大師〈こうぼうだいし〉だったということです。旧暦十一月二十三日が寒大師でこの日に降る雪を「すりこぎかくし」とよんでいます。

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