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ホーム > 学校・授業の教材 > 郷土の民話 > 『郷土の民話』但馬編 > 相沢稲荷の信仰奇談(生野町)

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更新日:2012年6月20日

相沢稲荷の信仰奇談(生野町)

生野鉱山として銀・銅の主脈の通っている所を金ヶ瀬(現在は金香瀬と書く)と称し、渓を流れる大谷川に沿って坑口が点在しており、昔はそれらの一つ一つに多くの坑夫〈こうふ〉が働いていたわけです。

この金ヶ瀬に登る道に沿うて相沢町と呼ぶ町筋があって、明治の初め頃までは人家が軒を連らねて〈つらねて〉活気を呈していたものです。そして此所〈ここ〉の人たちで信仰していたのが相沢稲荷さんであります。つまりこの物語りのご本体というわけであります。それは今から百四十年余り以前の徳川幕府天領と称した頃の出来ごとであります。

相沢町の町続きに小野〈この〉というのがありまして、其所〈そこ〉に大野友右衛門という先祖代々から銀・銅山を稼いで〈かせいで〉いた屈指〈くっし〉の山師〈やまし〉が住んでいまして、金ヶ瀬附近一帯に亘って〈わたって〉多くの坑を開掘しておったのですが、その一つに“大丸坑”というのがあってこれが問題になった坑内で、大惨事の突発したのが文政十二年も終りの十二月七日のことであります。

この大丸坑にもあちらこちらの町から坑夫が集り、相沢町の坑夫もその中に交って働いていたのでありますが、当日も平常どおり多くの者が坑内に入り、それぞれの掘場で採鉱に従事しておりましたところが、“手子”と称する坑内手伝いの少年が突然大声で叫びました。「相沢が火事やー、家がみんな焼けてしまうぞー。」「迅う〈はよう〉鋪〈しき〉(坑内)から上って去ね〈いね〉よー相沢が火事やー。」と連呼して地団駄〈じだんだ〉踏んで狂い廻るのでした。この叫び声は坑内いっぱいに響き渡りました。

これを聞いてびっくり仰天したのは相沢町の坑夫たちで、これはたいへんと転ぶように皆が飛び出し坑口を上下するのも無我夢中で、漸く〈ようやく〉明り(外地)に立って相沢の方角を眺め廻しても煙も揚って〈あがって〉おらず、坑口にある銀場〈ぎんば〉(事務所)では詰役人や定番〈じょうばん〉(山師雇用の責任者)たちは別に変ったこともないもののように居るのです。

「お定番、相沢が火事やー去なして〈いなして〉もらいます。」というのももどかしげであった。この様〈さま〉に役人が一喝した。
「たわけ者ッ何が火事だッ寝とぼけるなッ早く鋪え戻って仕事にかかれいッぐずぐずとなまけて仕事をせぬと用捨〈ようしゃ〉はせんぞッ。」と頭ごしに叱りつけた。

勢い込んでいた坑夫たちは、まるで狐にだまされたような思いで、大笑いする役人らの声を後にして急いで引返えし、持場の鋪え入ろうとしたその一瞬、不気味な地鳴りがしたと共に濁水が滝となって凄い勢いで噴出し、見るみる中に充満したのであります。これはその附近の古鋪に永年溜っておった水が、その時まで支えられていた岩磐が、その頃に附近で採鉱していた坑夫の堀り進んだ岩肌が裂けたためで、最も恐れられている災厄の一つであったわけです。

この恐ろしい光景を今目の前に見た相沢の坑夫たちは、腰も抜かさんばかりに逃げ走って、息も絶えだえに坑口へ出たのです。しかし鋪に居た多くの人は哀れ〈あわれ〉にもそのまま溺死〈できし〉してしまいました。

さて、相沢町の坑夫たちが腑〈ふ〉に落ちないのは、初めに相沢が火事だと知らせてくれた手子の行動であります。一体どういうわけのものか問い訊す〈ただす〉ことが肝心であると、その手子に事情を聞いてみましたところ、その手子もはっきりしたことは覚えておらず、ただその時一人の白髪の老翁が何処からともなく現れて、相沢が火事であるから早く知らせてやれと言って姿を消してしまった。他のことは何も知らないというだけで、後は何を尋ねても覚えていないと泣き出しました。

その時、分別のありそうな坑夫仲間の一人が声高にいった。
「おーい皆んな、分ったぞーよう聞けッこれはな、日頃わしらが信心する相沢稲荷さんがよう、老人にばけて助けに鋪え来なしたんじゃ、わしはそれに違いなえと思うが、皆んなそう思わんかい、どうじゃ。」と一同を見廻した。
「そこまでは気がつかなんだが、おまえのいう通りに違いなえ、ああ何んという有り難いこっちゃ、命をお助けしてもろうて、ほんまにこんな嬉しいことがあるかえ、ああ何んという冥加もんじゃ。」といいながら涙を流して喜ぶのを、他の一同も口をそろえて賛同した。そして般若〈はんにゃ〉心経を誰かれとなく声高らかに唱えながら、稲荷さまの方に拍手し三拝九拝するのであった。

それ以来、相沢町の人々はこの霊験あらたかな相沢稲荷さんの祭祀を厚くし、益々信仰を深めた、というのがこの物語りであります。

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