• お問い合わせ
  • 文字サイズ・色合いの変更
  • サイトマップ
  • 携帯サイト

メニュー

ここから本文です。

更新日:2012年12月10日

松王丸(淡路町岩屋)

「よし、こうなったら人柱を立てる以外に方法がない。誰かを立てようぞい。」
平清盛〈たいらのきよもり〉はいらだちそうにこう言って大輪田〈おおわだ〉の泊〈と〉まり(現神戸港)を見渡しました。せつかく埋め立てられた港も荒波に何回も流されているのです。その度に人夫をふやして埋め立て直しましたが・・・
いよいよ最後の手段の人柱を立てようというのです。
「誰を立てようぞい。」
「・・・うんそうじゃ。生田の森に関所をつくりそこを通る人をひとり残らずひっとらえ、牢〈ろう〉屋に入れておけ、その中から立てようわい。」
さあ大変なことになりました。そんなこととはつゆ知らず生田の森を通っている子どももおとなも、年よりもみんなとらえられて牢〈ろう〉屋に入れられました。
「助けてください。出してください。おたのみ申しますう。」
戸をたたき大声を出し泣きさけびわめきたてる声は福原(清盛のやかた)じゅうにひびき渡ります。その声を聞いていたひとりの小姓〈こしょう〉がおりました。松王丸といって年は十七才。おとうさんは、四国の香川にいる大井民部〈おおいみんぶ〉というお殿様でした。小さい時から清盛にあずけられておりました。松王丸は小さい時からずばぬけてかしこく清盛も大変かわいがっておりました。

清盛はどんなことがあってもこの兵庫の港づくりをやめないということを松王丸はよく知っておりました。それは堺に比べて海は深く、京、大阪に通じる道は出来ており、後ろに山を控〈ひか〉え、前は海で守るのにも大変つごうがよいからでした。松王丸はこの泣き叫ぶ声を聞くとじっとしておられず、
「わたしを人柱に立ててください。わたしはひとりです。そうして三十余人を助けてあげてください。わたしは喜んで海に入り竜神〈りゅうじん〉さんをおなぐさめいたします。」
あまり熱心に頼むので清盛も心を動かされ松王丸を人柱に立てることにしました。牢〈ろう〉屋に入っていた人たちは喜んで松王丸にお礼をいいました。松王丸はにっこりとして経石〈きょういし〉(お経を書いた石)と共に海に入りました。
松王丸の心が竜神さんに通じたのか兵庫の港はりっぱに出来上がりました。でも清盛はさびしくてさびしくてしかたがありません。かわいい松王丸がなくなってしまったからです。
清盛は朝な夕なにながめていた淡路島、絵島の美しさに松王丸とよく語りあった夢を、そ海の夢の島絵島に松王丸のみたまをおまつりすることになりました。
「自分はどうなってもよい、あの三十余人を助けてやってください。」
と言って海に入った兵庫の港の見える絵島に松王丸は、しずかにまつられております。そして今のようにりっぱになった世界的に有名な神戸港の発展を絵島の上から喜んでながめていることでしょう。

お問い合わせ

情報管理部広報係

電話番号:078-331-9962

ファクス番号:078-331-8022