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更新日:2012年6月20日

鹿の瀬(北淡町富島)

摂津〈せっつ〉の国(今の神戸あたり)の夢野〈いめの〉(今の夢野〈ゆめの〉)という里に牡鹿〈おじか〉、牝鹿〈めじか〉の夫婦が住んでいました。
ある日、牡鹿が、えさを求めて、淡路の野島(今の北淡町野島)へ渡ったときのことです。山の中ほどに、松のたくさんはえたところのやぶで、何物かが、ガサガサ動いているので、「いのししかな?うさぎかな?それとも…」と思いながら、おそるおそる近づいてみますと、パッと飛び出してきたのは、美しい牝鹿でした。
「あっ!」「あっ!びっくりしたわ。あなた、いったいどこから来たの?」
「ぼくは、海のむこうの摂津の国から来たんや。」
「あら、遠くからきたのね。」
こんな話をするうちに、二匹の鹿は、すっかり仲よくなってしまいました。
「じゃあ、きょうは、これで帰るけど、またあいに来てもいいかい。」
「ええ、いいわ、ぜひ来てね、さようなら。」

牡鹿は、摂津の里へ帰ってからも、野島の牝鹿のことが忘れられず、しばしば、淡路へあいに来るようになりました。野島に恋人の鹿が出来たことを妻の牝鹿が、知らないはずはありません。
「最近、うちの人は、淡路へばかり行って、あまり、わたしのところへ帰ってきてくれないわ。毎日淋しい思いをしているのに。」
牝鹿は、くやしくて、しかたありませんでした。
ある日、牝鹿は、お月さまに祈りながら、「お月さま。どうか、夫とともに元どおり仲よくすごせますように…」とその時、聞きおぼえのある足音がひびいてきたのです。牡鹿が久しぶりに帰ってきて、たのしい一夜をすごした翌朝、牡鹿が、「昨夜、ぼくは、不思議な夢をみたよ。」

「どんな夢?」
「自分の背に、いっぱい雪がつもって、重くてしょうがないんだ。ところが、よくみると雪のまん中に、ススキのような草が一本生えて、ゆれている夢なんだ。」
「そう、変な夢ね。」
「そのススキのような草がゆれながら、ときどき青白く光るんだ。」
「この夢は、きっと不吉な夢なんだわ。ススキのような草は矢のことじゃないのかしら。」
「そうかなあ。」
「あなたがあまり、しょっちゅう、淡路へ行くから、今度淡路へ行ったら、猟人にうたれて、死んでしまうということじゃないかしら。」
「そんなばかな。」
牝鹿も、その夢を、ほんとうのこととは思っていませんでしたが、夫の牡鹿が淡路へ恋人にあいに行くのをとめるために、必死でした。

そんなことがあって、しばらくは、牡鹿も少しは気持ち悪くて、淡路へは行きませんでした。
しかし、日がたつうちに、だんだん、野島の牝鹿が恋しくなってきました。
「よし、妻には、だまって、淡路へ渡ろう、あんな夢なんか気にしないで…」
こうして牡鹿が、淡路めざして海を泳いで渡っているときでした。陸まであと数百メートルという通いなれた浅瀬のところで、猟人の乗った船に出会ったのです。

「おーい、鹿が泳いどるぞ。」
「どれどれ。」
「ほんまや。」
「弓と矢をもってこい。」
牡鹿はびっくりしました。船の猟人たちが、弓矢でねらっているのです。必死で泳ぎました。あと少しだ。どんどん矢が飛んできます。
「ああ、もうだめだ!」
必死に泳ぎながら、恋しい野島の牝鹿の顔や、摂津にいる妻の顔が浮かんだり、消えたり…
ついに、一本の矢が背中にささったのです。
「ああ、あの夢は、本当だったのだ。」
目がおぼろにかすみながら、あの時の夢のつづきのように、静かに、水中に沈んでいきました。
今も、北淡町野島に、浅瀬があります。この浅瀬を「鹿の瀬」と呼んでいます。

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