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ホーム > 学校・授業の教材 > 『郷土の民話』中播編 > 苔〈こけ〉の地蔵〈じぞう〉(姫路市飾東町)

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更新日:2012年6月1日

苔〈こけ〉の地蔵〈じぞう〉(姫路市飾東町)

「おい、ものをたずねるが、都へ上るにはどの道を行けばいいのだ。」
「…。」
旅姿のひとりの武士が、野良〈のら〉で働いている百姓〈ひゃくしょう〉にたずねました。
「都へは、どの道を行くのだ。」
百姓がだまっているので、こんどは、どなるような強い口調で、いらいらしながらたずねました。
「…。」
百姓は、そんなことも知らぬげに、顔もあげずもくもくと、くわを動かしていました。それもそのはず、この百姓は、小さい時耳をわずらい、それからは何も聞こえない不自由な生活を送ってきたのでした。ところが、通りがかりの旅の武士は、そんなことは知らない上に、もともと短気でしたので、かっとなって、


「おのれ、百姓のくせに、武士がことばをかけているのに、返事もしないとはもってのほか。」と、太刀〈たち〉をひきぬきざま斬りすてて〈きりすてて〉しまいました。かわいそうに、何も知らない百姓はくわを片手にどうっと倒れ、その場で息たえてしまいました。

刀をさやにおさめた武士が、まだいかりのとけない顔つきで、ふたたび歩きだそうとしたとき、ふしぎなことに、急におなかがひきつけるように痛みはじめました。しかたがないので、道ばたの木かげにすわりこみ、「うんうん。」うなりながらおなかをさすりましたが、ますますひどくなるばかりでした。
そこへ、ひとりの老婆が通りかかりました。
「ううむ…いたい。腹がいたくて困っているのじゃ…。何かいい薬などないか。」と、苦しそうな顔をしてたずねますと、「おお、それはお気のどくに、このすぐ先きに、何にでもよくきく清水が湧いて〈わいて〉います。それを飲みなされ。」と、親切に教えてくれました。


武士は腹のいたみをこらえながら、はうようにして、老婆が教えてくれた場所にたどり着きました。そこには、小さな地蔵堂があり、中に一体の地蔵尊がまつられていました。その地蔵尊のかたわらには、こんこんと湧き出ている清水が、あたりの苔〈こけ〉をぬらしていました。
必死のおもいで湧き水のそばまではい寄った武士は、腹ばいになったまま、むちゅうで清水をがぶがぶと飲みました。そして、しばらくかたわらの地蔵堂の柱にもたれてからだを休めていましたが、腹痛はいっこうによくなりません。それどころか、ますます激しく、きりきりと痛みます。痛みに顔をゆがめながら、つと顔をあげますと、地蔵尊が自分の方を見て、にこやかに笑っておられるのに気がつきました。武士は動けないまま、しばらくこの地蔵尊の顔を見ているうちに、なんだか自分がせせら笑われているような気がしてきました。そう思って目をこらして見ますと、たしかに地蔵尊は、「おろかな奴よ。」といわぬばかりのひややかな目つきで、つめたく笑っているように見えました。

こうなるともうたまりません。よくなるはずの腹はますます痛むばかり、その上、そんな自分を見てせせら笑うとは…。またまた例のかんしゃくが破れつ〈はれつ〉しました。よろよろと立ち上った武士は、さきほど百姓を斬ったばかりの血刀を取り直し、大地をふみしめながら大上段にふりかぶり、「やあ!」という気合いもろとも斬りおろしますと、さすがの石造りの地蔵尊も、まっ二つになってしまいました。
武士は、少しは腹の具合もよくなったので、にやりとすごい笑み〈えみ〉をもらしてその場を立ち去ろうとしますと、

ふしぎや、こんどは足がすくんで、一歩も前へ出ることができません。どうしたことかと首をかしげてもがいていますと、大きな地鳴りとともに、背面〈はいめん〉の谷から身の毛もよだつような大蛇がはい出て、武士をひとのみにしてしまいました。

これが、播磨〈はりま〉十水のひとつで名高い飾東〈しきとう〉町清水〈しみず〉の「苔〈こけ〉の清水」のかたわらに北向きに安置された二体の地蔵尊、有名な「苔の地蔵」にまつわる話です。
二体のうち、左の地蔵尊は乳の出ない婦人、また、乳が出すぎて困る婦人がお祈りするとききめがあるというので、今も多くの人が参っています。願〈がん〉をかけた人は、地蔵尊の前の小石を拾って帰り、「どうか乳が出ますように。」と乳のあたりをなぜまわすのだそうで、ききめがありますとその小石を返して、お礼に新しいよだれかけを持って参ることになっているのだそうです。
右の地蔵尊は、左の地蔵尊に比べてよほど古いのか、首はなく、胴体〈どうたい〉は袈裟斬り〈けさぎり〉まっ二つのいたいたしいお姿で、付近の人たちは「この地蔵様は、もう死んでいらっしゃる。」といっているそうです。

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