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ホーム > 学校・授業の教材 > 『郷土の民話』中播編 > あさをのきつね(姫路市東郷町)

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更新日:2013年2月18日

あさをのきつね(姫路市東郷町)

むかしむかし、姫路の忍熊村〈おしくまむら〉(今の東郷町附近をいう)というところに、雪〈ゆき〉の下玄考〈したげんこう〉という石屋がありました。この玄考に二十才になる銭蔵〈ぜにぞう〉というものが、召使〈めしつか〉いとしてつかえていました。この銭蔵に花野〈はなの〉という十六才になる妻〈つま〉がいました。この花野には両親もなく、まだ子どももありませんでした。

あるとき、石屋の玄考が、用事ができて、朝早く家を出ていきました。家を出るときは、玄考は、銭蔵に、
「きょうは、夕方までかかるもしれないから、あとの仕事をしっかりたのみます。」
といって出ていきました。ところが思ったより早く用事がすみましたので、息せききってひるすぎには家に帰ってきました。そして家の中へ入ろうとしますと、家の中から若い男と女が、さもたのしそうに話しあっている声が聞えてきました。玄考は、
「銭蔵のやつ、何をうれしそうに花野と話しあっているのだ、こちらの気も知らないで。」
と、一方では仕事をなまけている銭蔵をおこりながら、一方では若い二人をうらやみながら、家の中へ入るのをためらい、ふと窓の外から家の中をのぞいてみて玄考は、
「あっ!」
と驚いてしまいました。というのは向いあって話している銭蔵に、尾がひらひらとみえるではありませんか。
ところが銭蔵は、玄考が窓〈まど〉の外から見ていることに気がついて、
「花野、お前とわたしの仲はもうこれまでです。実は、私は『あさ尾の狐〈きつね〉』です。自分がきつねであることを、いま窓の外からご主人の玄考さまに見つけられてしまいました。しかし、私とあなたの間に子供ができることになっています。この子が三才になったら『浅尾源兵衛〈あさおげんべえ〉』と名づけてください。かならず私がお守りします。」
といって、けむり出しから出ていってしまいました。あとをみますと麻〈あさ〉の柄〈え〉のついた刀と、柿の葉の模様〈もよう〉の衣〈ころも〉がのこっていました。玄考は、このようすをみてあまりにも不思議〈ふしぎ〉に思い、花野にいままでのことを聞きましたが、花野も不思議がるばかりでした。

こうしているうちに花野に男の子が生まれ、三年の年月がすぎました。ところがこの男の子はからだじゅうが熊のような毛につつまれていました。しかし、人間にかわりありませんでした。やはり「浅尾のきつね」のいったとおりの子どもでした。そこでこの子を「浅尾源三」と名のらせました。
この浅尾源三は、赤松氏の兵術〈へいじゅつ〉の師範〈しはん〉(いくさの方法を教える先生)の黒川道弁〈どうべん〉という人の養子〈ようし〉になり、そのうち播州で一番の兵術師となり、九十九才まで生きたということです。

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